【ルール】デフサッカー

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レフリー(手前)が旗を持つのが特徴
【競技の特徴】
■出場資格
・難聴者であること。両耳の聴力レベルが55dB(デジベル)以上であること。競技中は補装具(補聴器や人工内耳など)の装着は禁じられている。

・クラス分けはなし。健常者は出場できない。

■名前の由来
「デフ」とは英語で「deaf(聞こえない人、聞こえにくい人)」の意味。競技中は補聴器を外すことが義務付けられていることから、「音のないサッカー」の愛称で呼ばれている。主審は笛と一緒に旗(フラッグ)を持って合図するなど、選手は視覚情報を頼りにプレーする。

【試合のルール】
■競技形態 フットサルと同じ

■人数 選手11人(フィールドプレーヤー10人、GK1人)。男女は別。選手交代は1チーム3人。その他の親善試合などは、大会や試合ごとに決まる。

■試合時間 45分

■ピッチサイズ 通常のサッカーのフルコートと同じ。FIFA推奨は長さ105m×幅68m

■ボール 5号(サッカーの公式ボールと同じ)

[11月16日 今日のバースデー]

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Japan
MF枝村匠馬(福岡、1986)*正確なパスさばきやスペースを突く動きが得意な攻撃的MF。
DFワシントン(山口、1986、ブラジル)*屈強な体躯と高い技術が武器のCB。18年に名古屋から加入した。
DF太田賢吾(盛岡、1995)*川崎F U-18、大阪体育大出身の攻撃的サイドバック。

World
MFマルセロ・ブロゾビッチ(インテル、1992、クロアチア)*攻守で献身に働くMF。高い技術力と視野の広さ、球際での強さが武器。
DFネウソン・セメド(バルセロナ、1993、ポルトガル)*果敢な攻撃参加を武器とするサイドバック。

Former
DFアリー・ハーン(元アヤックス、1948、オランダ)*元オランダ代表。中国、アルバニアなどの代表監督も務めた。
MFポール・スコールズ(元マンチェスター・U、1974、イングランド)*マンU一筋だったMF。正確なパスでゲームを支配し、多くのタイトルをもたらした。

Others
井上ひさし(劇作家、1934)
宮本茂(ゲームデザイナー、1952)
内田有紀(女優、1975)
西村博之(実業家、1976)
小島よしお(お笑い芸人、1980)
西山茉希(モデル、1985)
紗栄子(タレント、1986)
佐藤詩織(欅坂46:アイドル、1996)
新田真剣佑(俳優、1996)

【ゲキスパ】「アディダス コパ 19+ FG/AG」~Koheiが話題のスパイクを履いてみた~

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Koheiが「アディダス コパ19」発表イベントに潜入!
 サッカースパイクを紹介する「ゲキスパ~Koheiが話題のスパイクを履いてみた~」。「Kohei's BLOG」でおなじみのスパイクマイスターKohei氏が11月9日に情報解禁となった「アディダス COPA(コパ)19+ FG/AG」のローンチイベントに潜入!

Koheiプロフィール:
日本初のスパイクマイスター。日本全国の部活プレイヤーがサッカースパイク選びの参考にする「Kohei's BLOG」の運営者。これまでに1000足以上のスパイクを着用し、その最新情報や機能性を独自の視点で紹介している。国内でも有数のスパイク目利き力を持ち、プレイヤーの生の足を見れば、その人にマッチするスパイクが何かを見抜くことができる。身長180cm、体重72kg。ポジションはFW、ときどきMF。中学、高校、大学とサッカー部に所属し、現在も社会人チームでプレー。

[11月15日 今日のバースデー]

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Japan
DF小林祐三(鳥栖、1985)*1対1の強さとスピードを生かした攻撃参加が持ち味のDF。17年に加入した。
FW山本大貴(松本、1991)*運動量と裏に抜ける動きが武器のFW。シャドー起用でも効果的な働きができる。

World
FWパウロ・ディバラ(ユベントス、1993、アルゼンチン)*万能ストライカー。スピード感溢れるタイミング良い飛び出し、精度抜群のシュートが武器。

Former
DFウリ・シュティーリケ(元R・マドリーほか、1954、ドイツ)*W杯史上初めてPK戦で失敗した元ドイツ代表。元韓国代表監督。
FWパトリック・エムボマ(元G大阪ほか、1970、カメルーン)*G大阪で「浪速の黒豹」と呼ばれ活躍した元カメルーン代表。
DFヨン・ヘイティンハ(元アヤックスほか、1983、オランダ)*ユーティリティ性が高いDF。16年2月に現役引退を表明した。

Others
内田康夫(作家、1934)
三宅正治(アナウンサー、1962)
津田大介(ジャーナリスト、1973)
谷井一郎(エレキコミック:芸人、1974)
平井理央(アナウンサー、1982)
谷澤恵里香(元アイドリング!!!:アイドル、1990)
峯岸みなみ(AKB48:アイドル、1992)
渡辺香生子(水泳、1996)

[11月14日 今日のバースデー]

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Japan
MF山藤健太(金沢、1986)*左足でのゲームメイクが魅力のMF。精神面も強い。
DF温井駿斗(栃木、1996)*タイミングの良い攻撃参加、左クロスの精度が高いDF。
DF渡邉尚樹(甲府、2000)*甲府U-18所属の2種登録選手。2年生の昨季からトップチーム登録されている。
DF起海斗(山口、2000)*興國高所属のサイドバック。19年の山口加入が決まっており、特別指定選手として登録されている。

World
DFトマス・ベルメーレン(バルセロナ、1985、ベルギー)*ポジショニングが良く、冷静な対応で安定した守備が持ち味のDF。
GKロマン・ビュルキ(ドルトムント、1990、スイス)*恵まれた体格と身体能力をいかしたセービングが武器。現在は正GKを務めている。
DFサミュエル・ウンティティ(バルセロナ、1993、フランス)*リヨンの育成組織出身。キックの精度と左足から繰り出されるフィードが強み。

Former
FW早野宏史(元日産自動車、1955)*横浜FMの監督などを務め、現在は解説者。現役時代は技巧派FWとして名を馳せた。
MF手倉森誠(元鹿島ほか、1967)*元住友金属のサラリーマンで、実業団でプレーをしていた経歴を持つ。リオ五輪代表監督を務めた。
FW手倉森浩(元鹿島ほか、1967)*手倉森誠の双子の弟。山形や仙台でのコーチ経験を持つ。

Others
飯島一郎(経営者、1916)
チャールズ皇太子(王族、1948)
中野浩一(競輪、1955)
パックン(パックン・マックン:タレント、1970)
江藤愛(アナウンサー、1985)
片岡安祐美(野球、1986)
野村周平(俳優、1993)
小池美波(欅坂46:アイドル、1998)

COPAがフルモデルチェンジ!アディダススパイクの新色『INITIATOR PACK』発表

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アディダス『INITIATOR PACK』スパイク
 アディダスは13日、スパイクの新たなカラーコレクション『INITIATOR PACK(イニシエーターパック)』を発表した。

 しなやかなレザータッチを求めるプレーヤー向けの『COPA(コパ)』、ボールコントロールを重視するプレーヤー向けの『PREDEATOR(プレデター)』、縦へのスピードにこだわるプレーヤー向けの『X(エックス)』、アジリティを武器にするプレーヤー向けの『NEMEZIZ(ネメシス)』の4フランチャイズがラインナップされている。

 『INITIATOR PACK』のスパイクは、アディダスオンラインショップとサッカーショップKAMO原宿店で数量限定トップモデルを11月13日から先行発売。21日より全国のアディダス取扱店舗にて一般発売開始される。(COPA19のみ12月5日より発売)

★INITIATOR PACKの詳細はこちら

サッカーは精神病患者をどう救うのか?

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2009年からソーシャルフットボールに関わる佐々毅理事長
 精神疾患や精神障害のため、医療機関で継続的に治療を受けている人が行うソーシャルフットボールの「第1回地域選抜選手権」が11日、終了した。チーム数は160と日本障がい者サッカー連盟に所属する他の6競技団体と比べて圧倒的に多く、病に対してリハビリ的要素が強い。サッカーが精神疾患を持つ患者にどんな役割を果たしているのだろうか。

 10月に日本ソーシャルフットボール協会の理事長に就任した佐々毅氏は、新検見川メンタルクリニック院長である。現役の精神科医はこう明かす。

「精神科に通う人にとってサッカーがどんな治療効果をもたらすかについて書かれた論文が、国内や世界であるかと聞かれると、それほど多いとはいえません。ただサッカーは、体に負荷がかかった状態で物事を知覚して、判断する。しかも高速にやる。すごい脳トレをしているとも言えます」

 過去に佐々氏が見ていた患者の例を示してくれた。

「その方は曲がったことが嫌いで融通がきかない人で、他人とのトラブルに発展したこともあります。統合失調症の症状を持っていたその方がサッカーをはじめた当初、ドリブルも直線的でした。しかしサッカーをはじめて何年かすると、フェイントを覚え、人をかわす快感を覚えたのか、不思議と日常でも他人に対してそれほどつっかからなくなってきた。”かわす”ことも生きる上での選択肢に入ったのかもしれません。サッカーで自然と学んだことが日常生活の行動様式をも変化させるケースを見て衝撃を受けました。これは日常の診療では見ることができないと思います」

 どんな理由が考えられるのだろうか。佐々氏が続ける。

「たとえば統合失調症には認知機能障害というものがあり、その中に遂行機能障害といって、突発的な状況の変化に対応できずに混乱し、病状の悪化を招きやすい特徴があります。しかし、サッカーの場合、相手選手や地面にも対応しなければいけない。そもそも『うまくいかないことが当たり前』の状況下でいつもプレーする必要があるんです。したがって、不確定要素に対する”免疫”のようなものがサッカーを通してできるのかもしれません」

地域選抜選手権の一コマ。楽しいと感じながらプレーすることが大切だという

 ソーシャルフットボール強豪・Espacioの監督をつとめる大角浩平氏は、普段は千葉県流山市の精神科クリニック「ひだクリニック」に勤務する。日々、精神疾患の患者と向き合う現役の作業療法士はサッカーの治療効果をどう見ているのだろうか。

「大会があればコンディション調整が必要だし、会場に遅刻もせずに行かないといけない。チームなので報告したり、連携とらないといけないので個人行動はできない。訓練ではなく、サッカーが楽しいから続ける、ということによって、結果的に仕事に役に立つのだと思います」

 Espacioの練習は、ひだクリニックのデイケアプログラムの一環なので、通院している人でないと入会できない。今いる15人のうち、通院当初に仕事上の所属があった人はゼロ。症状が思わしくない中、同クリニックに助けを求め、症状が改善し、15人中12人が何かしらの仕事につくことができた。うち6人はフルタイムの仕事。サッカーの力を借りて社会に巣立っていったいい例だ。最終的には、ソーシャルフットボールの出場資格を失う選手を一人でも多く増やすことが究極の目標になる。大角氏が続ける。

「サッカーがなぜ精神疾患を持つ患者さんのリハビリに役立っているか、医学的根拠はまだ深く示せていません。これからは、なぜサッカーを通して元気になったのかを具体的に示す作業もやっていきたいですね」

(取材・文 林健太郎)

●障がい者サッカー特集ページ

[11月13日 今日のバースデー]

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Japan
DF登里享平(川崎F、1990)*重心の低いドリブル、正確なクロスを武器とするサイドバック。
DF寺岡真弘(長野、1991)*対人戦での強さだけでなく、頭脳的なプレーも光るDF。
DF高野遼(甲府、1994)*スピードを生かした攻撃参加と高精度の左足クロスが武器のDF。
DF東隼也(福島、1997)*強さとスピードを兼ね備えたCB。神戸U-18出身。

World
DFジェフリー・ブルマ(ボルフスブルク、1991、オランダ)*鋭いタックルや空中戦で強さを発揮し、正確な読みで攻撃を組み立てることもできるDF。

Former
FWロベルト・ボニンセーニャ(元インテル、1943、イタリア)*元イタリア代表のセンターフォワード。
MFゼリコ・ペトロビッチ(元浦和ほか、1965、モンテネグロ)*「ペトロ」の愛称で親しまれた元ユーゴスラビア代表MF。
DF奥野僚右(元鹿島ほか、1968)*鹿島の黄金期を支えたDF。過去には山形の監督を務めた。

Others
伊勢正三(シンガーソングライター、1951)
野村将希(俳優、1952)
木村拓哉(タレント:元SMAP、1972)
棚橋弘至(プロレス、1976)
倖田來未(歌手、1982)

[ソーシャル地域選抜選手権]初優勝に導いた関西選抜・北村の告白「同じ病と戦う人を勇気づけたい」

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喜びを爆発させる北村広樹
[11.11 第1回ソーシャルフットボール地域選抜選手権決勝 関西選抜 4-3 九州選抜 帝京科学大]

 今年からはじまったソーシャルフットボール(精神障がい者のフットサル)の地域選抜選手権が11日に終了し、関西選抜が8地域の頂点に立った。決勝戦では、関西選抜が先に2点をリードして主導権を握ったが、その後、九州選抜が食い下がる一進一退の攻防。後半6分、九州選抜に3-3を追いつかれたが、その2分後、ドラマが待っていた。この試合で2得点していた関西選抜の北村広樹がピッチ中央からやや右サイドの位置から右足を振りぬき、強烈なミドルシュートがネットに突き刺さった。勝利を決定づけるハットトリックを達成すると、北村はベンチに入れないチーム関係者がいる観客席に右手を突き上げ、喜びを爆発させた。

「あの位置は自分の得意な位置でした。最後の最後に関西選抜の力になれてよかったです」

 大阪で小学校から高校までボールを蹴り続けたサッカー少年だった。就職を視野に通い始めた専門学校ではサッカーを辞め、プライベートで旅行などを楽しむごく普通の青年だった。しかし就職すると、試練が待っていた。

「職場の方から『お前はダメなヤツなんだ』と言われることが多くて……。別の同僚の方の中には『大丈夫やで』と言ってくださる人もいたんですが、当時はそこに気づけなかった。それは自分が悪いんです」

 自分に降りかかる現象に対して真正面から向き合い、起きた結果について他人に責任転嫁はせず、すべて自分にベクトルを向けた。大阪の実家を出て、京都で1人暮らしをはじめる新生活がはじまったばかり。甘えられる場所にはすぐに戻れる距離にありながら、「ここで何とかやっていきたい」という思いで実家に戻らなかった。徐々に仕事が行く足もざかり、嘔吐を繰り返した。うつ病を発症していた。2年半頑張ったのち、半年間休職。「こんなに休ませてもらって申し訳ない」と会社に辞表を出した。まだ23歳だった。

賞状を手に控えめに喜ぶ北村(前列左から3人目)

 その後、治療をするために通っていた病院で、サッカーボールを再び蹴る転機が訪れた。北村が振り返る。

「同じ病院に通っていたアーティストの方から『最後のライブをやるから見に来てほしい』と誘っていただきました。誘ってもらったこと自体がうれしくて拝見しました。自分より病気の症状が重く、何かしたくてもなかなかできない人たちを目の当たりにして、『自分は何か頑張れることはないか』と思ったんです。僕は長い間、サッカーをしていたのでフットサルを選びました。今は、自分が元気になることも大切だし、それを見て同じ病と戦っている周りの方々を少しでも勇気づけたい、という思いもあります」

 フットサルをはじめて3年になる。自分の中に、確実な変化を感じ取っている。

「今まで気にしていたことを気にしなくなりました。以前は道を歩いていたら、見知らぬ人が『自分のことを何か言っているんじゃないか』という錯覚にとらわれていましたが、それがなくなってきた。なぜそうなったか、その理由は僕の中でもはっきりわかりませんが、考えすぎなくなったことは確かです。社会人としてのコミュニケーション力がついてきているのかもしれません。仲間と人の巡り合わせが大事だなって感じています」

 今は障がい者雇用ではない職場で仕事に励む30歳。好きなサッカーを通して「素」の自分を取り戻しつつある北村は、仲間のありがたみを感じながらこれからもボールを蹴り続ける。

(取材・文 林健太郎)

●障がい者サッカー特集ページ