日本の不戦勝も?初戦の相手ナイジェリアが試合2日前でも入国できず

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日本の不戦勝も?初戦の相手ナイジェリアが試合2日前でも入国できず
 最悪の事態も想定せざるを得なくなっているようだ。『アフリカンフットボール』によると、リオデジャネイロ五輪で日本代表の初戦の相手となるナイジェリア代表が、いまだブラジルに入国できず、合宿地のアメリカ・アトランタで足止めを食らっているという。

 同チームは当初の予定では現地時間7月29日にブラジルに出発する予定でいた。しかし資金難から航空券の確保が出来ずに同8月1日に延期。それでも間に合わず、さらに同翌2日に予定していた出発も、今度は発券トラブルによって出国できなかったという。

 選手や関係者のフラストレーションはピークに達しており、同メディアは疲労や時差ボケも心配されるとしている。関係者は日本との初戦を戦うマナウスに直接入ることのできるチャーター便の手配を希望しているが、これも不透明な状況だ。ちなみにアトランタからマナウスまでは8時間の飛行時間を要するという。

 ナイジェリアオリンピック委員会と同国スポーツ省の責任者は「チームの予定までは関与していない」と話しているという。試合に間に合わなければ、前代未聞の不戦勝となることも考えられる。ただ間に合ったとしても、日本がコンディション面で優位に立つことは間違いなさそうだ。

 日本対ナイジェリアは日本時間5日午前10時キックオフを予定している。NHK総合で生中継される。

●リオデジャネイロ五輪特集

[仙台]リオ五輪代表トレーニングパートナーから、小島雅也が復帰。4年後の東京五輪への展望を語る

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 リオ五輪代表のトレーニングパートナーとして帯同していたブラジルから所属チームの仙台に戻った小島雅也が、今回の経験について語った。
 小島は2日にブラジルから帰国し、3日から仙台の練習に合流。ブラジルではピッチ内外において、上のカテゴリーに所属する選手たちの「すべてのレベルが高い」プレーなどに刺激を受けたという。
 また、小島は練習試合CSセルジッペ戦に途中出場。ブラジル五輪代表との親善試合もベンチから体感した。U-19日本代表で同世代のブラジル代表と対戦したこともある小島だが、「相手もすべて、レベルが同年代より遙か上」と実感。「(オーバーエイジの)ネイマールのようなスター選手もいたが、そういう選手を止められるようにならなければ上のレベルには行けない」と、将来への展望を語った。
 また、親善試合を行った現地会場の雰囲気にも、強烈な印象を受けたという。「自国代表のプレーに沸くところも、日本代表を煽るところも、ブラジルのお客さんはみんな盛り上がっていた。4年後にこういう雰囲気が“ホーム”になる中で、試合に出たい気持ちが強くなった」。東京五輪代表世代の小島は、4年後に向けて貴重な経験を積んだようだ。
 なお、小島も所属した仙台ユースは、8月28日に17年度新高校1年の追加セレクションを行う。

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[京都]古巣・東京V戦に臨む吉野恭平。「誕生日の安在には絶対に勝たせたくない」

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 7日に行われるJ2第27節で京都が対戦する東京Vは、京都に加入したばかりの吉野恭平にとってユース時代からプロ2年目までを過ごした古巣のチーム。いまも愛着は強いようで、「ヴェルディに入っていなければプロになれなかったし、いまの自分もいない。感謝している特別なクラブ」と、東京Vへの思いを口にする。

 吉野が相手チームの選手として東京Vと対峙するのは、今回が初めて。やや複雑な思いもあるようで、「ヴェルディの試合はずっと見ていたし、結果も気になる。京都の選手である以上は勝たないといけないけど、そうなるとヴェルディが負ける。できれば戦いたくない」と苦笑いを見せる。

 それでも、ユースから同期の安在和樹、楠美圭史との対戦は楽しみにしている様子。「高1からずっと一緒にやっていたし、二人のプレーはよく分かっている。安在は試合当日(8月7日)が誕生日? それなら、絶対に勝たせたくない。そんな日に勝たせると調子に乗る。京都名物をプレゼントしてあげるから、その代わりに勝ちはあげない(笑)」と話し、旧友へのライバル心をのぞかせていた。

[総体]市船DF桧山は先発、U-17代表の“過去”振り払って再チャレンジ

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[総体]市船DF桧山は先発、U-17代表の“過去”振り払って再チャレンジ
[8.2 全国高校総体決勝 市立船橋高 1-0 流通経済大柏高 Eスタ]

 今年、ブレイクスルーを果たしたDF桧山悠也(2年)は高円宮杯プレミアリーグEASTや総体予選で市立船橋高の先発左SBに定着し、そして7月の国際ユースサッカーin新潟メンバーとしてU-17日本代表にも初選出された。だが、そのDFにとって初の全国高校総体は悔しさ残る大会となった。

 秋田商高との初戦こそ先発して後半25分までプレーしたが、続く昨年4強の関東一高との大一番は後半アディショナルタイムのみの出場。そして先発復帰した鹿児島城西高との3回戦で前半終了とともに交代を告げられると、その後最後まで出番は回ってこなかった。
 
 左右両足から正確なクロスボールを放ち、ハードワークも特長。だが、準々決勝以降に左SBを務めたのは同学年のライバルで、ケガから復調したU-17日本代表DF杉山弾斗だった。「今回自分も初めて全国優勝を経験できて嬉しい気持ちもあるんですけれども、自分としては試合に絡めなかった。同じ学年の弾斗が左で出て活躍しているというのも自分の刺激になるんですけど、悔しい気持ちが大きいです」

 悔しい思いで全国総体を終えた桧山はここからが勝負。「これからまた夏の間に少しでも成長して近づけるように。またレギュラーポジションを掴んで自分が活躍できるようにしたい」。先発、年代別日本代表だった“過去”は振り払って、再チャレンジする。

[写真]市船の2年生トリオ。左から桧山、杉山、今村直。桧山はポジション奪取に再挑戦する。(写真協力=高校サッカー年鑑)

(取材・文 吉田太郎)
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【特設ページ】高校総体2016

[札幌]かつてのライバル、チョン・テセとの対戦を楽しみにする都倉賢

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 7日にJ2第27節を控え、札幌のFW都倉賢が、かつてのライバルとの対戦にモチベーションを高めている。
 今週末に対戦する清水には得点ランク1位タイのFWチョン・テセがいるが、同選手とは川崎F在籍時に約2年半、チームメートの間柄だった。「テセさん(チョン・テセ)のほうが年上だけど、プロ入りは僕のほうが1年早かったし、近いタイプのFWとしてすごくライバル心があった」と当時を振り返り、「僕は結果を出せず移籍することになったけど、テセさんはその後も川崎Fを引っ張ってくれて、外から見ていてすごくリスペクトしていた」と続ける。
 そんなかつてのライバルとの対戦を前に「ストライカーとして必要な要素すべてを兼ね備える、お手本のようなFW」とあらためて敬意を表した都倉。その上で、「でも、僕らはチームとしてしっかりまとまって、戦力の高い清水と良い試合をしたい」とキックオフを心待ちにしている。

[浦和]高木俊幸の活躍。その裏には宇賀神、そして原口あり

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 「原口の最初のころを思い出した」

 笑いながら宇賀神友弥が語ったのは、高木俊幸のこと。高木は2試合連続先発出場を果たして2点目をアシストした前節・甲府戦(2◯0)のあと、「90分をとおしてウガくん(宇賀神)がずっと声を掛け続けてくれていたので、その指示もあって良い守備ができたと思う」と話していたが、冒頭の発言はそれを受けてのものだった。

 宇賀神は高木を「ドリブルに自信を持ってここまで登り詰めた選手」と認めながら、「原口よりは話を聞いてくれるけど、守備の個人戦術という部分では(高木も)原口と同レベルにある」と考えている。だからこそ、「特徴をうまく生かしながら、守備で足りない部分を俺が補ってあげればいい」と思いながら後方からサポートしていた。

 また、試合前には原口を例に挙げてこう話していたという。「原口も『前で自分が取れなきゃ守備じゃねえ』、『俺がボールを取れなきゃ意味がねえんだ』と最初は言っていた。でもそうではなくて、お前が行くことでほかの選手が取れれば、それもお前のお陰。そういうことを意識してくれればいいんだ」。

 そして甲府戦で柏木陽介をして「やっと合格点」というプレーを見せた高木。柏木の評価を「変な話だけど」と苦笑しながら、「それが一番うれしい」と話していたが、宇賀神も「自分と縦関係になったときにしっかりやることができて、アイツが陽介から合格点をもらったのは自分のことのようにうれしい」と語り、「自分も原口のお陰でそういうところも成長した」と笑った。

 高木の活躍の裏には、以前から目を掛けていた先輩と、彼が同じタイプの選手とともにプレーしたことによって得た経験があったのだった。

挑戦し続ける人生を…名古屋入団内定&特別指定、慶大MF宮地元貴の思い

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挑戦し続ける人生を…名古屋入団内定&特別指定、慶大MF宮地元貴の思い
 慶應義塾大のMF宮地元貴(4年=東京Vユース)はJ1、J2複数クラブからオファーを受けたなか、名古屋グランパスへの加入を決断した。挑戦を続ける人生を歩む。そんな思いがあっての決断だった。3日には特別指定選手としての登録が完了したことも発表されている。

 今季初めにも名古屋で特別指定される案が浮かんでいたが、主将であるシーズンに慶大を離れるわけにはいかず、見送った。しかし、リーグ戦の中断期間にあたる8月、慶大は天皇杯本選や総理大臣杯への出場を逃したため、しばらく公式戦がない状況に。

 須田芳正監督からも「個人として成長するいい機会だし、サッカー選手として、こんな勝負できるタイミングはそうそう来るものじゃないから」と背中を押され、8月は名古屋でプレーする決断を下した。9月以降は大学サイドと名古屋サイドでの話し合いにより、どちらでプレーするか決まるようだ。

 名古屋に決めた理由について、宮地は「名古屋は環境面が抜群に良かったし、施設もそうだし、クラブ全体の雰囲気も良かったです」と言う。「たしかに今は負けてはいますけど、チームの雰囲気は悪くなく、迎え入れてくれるような雰囲気で、一サッカー選手として成長できる環境だなと思いました」。

 また、他J1、J2クラブからはCBとしてのプレーを評価されてオファーが舞い込んだが、自身は「上のステージで勝負するならボランチでいきたい」という気持ちが強かった。それ故、名古屋がボランチとしての宮地を評価してくれていたことも決め手のひとつだった。

 今季の慶應義塾大で宮地は、CBとボランチを務めているが、名古屋ではおもにボランチとして考えられている。練習参加するなかで小倉隆史監督からは「常に首を振っておくように。ボールを持っているときも、持っていないときも、常に首を振って周りを確認して、自分のプレーにつなげるように。テンポよくボールをさばいてほしい」と声も掛けられた。指揮官の言葉を受け止め、上のステージでの活躍を誓う。

 静岡県出身の宮地は中学進学にあたり、より高いレベルでサッカーがしたいと、神奈川県内の祖母の自宅から通える範囲の湘南や横浜FM、東京Vのジュニアユースのセレクションを受けた。しかし、いずれも不合格。それならば中体連の強豪校へ進むと決め、「文武両道でやっていこう」と桐蔭学園中を受験し、首席で合格。親元を離れて祖母の家で過ごしながら、中学2年生時には主力FWとして日本一も経験した。

 高校進学を前に、宮地は“再挑戦”を決意。日本一を経験した仲間と、高校3年間も共にサッカーをしたい思いはあったが、「このカテゴリーではヴェルディの下部組織が日本一だと思っていた。そんな環境が近くにあるのに挑戦しないわけにはいかない。もっと上のレベルがある。挑戦しようとリベンジしたい気持ちが強かった。抵抗はあったけど夢に近づくためだと思った」と再び東京Vユースのセレクションを受ける。そこで出会ったのが現・東京Vの冨樫剛一監督だった。

 冨樫氏はジュニアユースのセレクションを受けていた宮地を覚えていた。ユースのセレクションを受けに来た宮地を前に、「そこまでヴェルディでやりたいと思ってくれているのは嬉しいし、ここでやりたいと思っている人と一緒にサッカーがしたい」と言葉を掛ける。晴れてセレクションに合格。学校生活は桐蔭学園高で送り、サッカーは東京Vユースで過ごす日々が始まった。

 ユースでは思うように試合へ出場できずにいたが、最終学年になるとCBとして、出場時間を伸ばしていった。そして高校3年時にはAO入試で慶應義塾大へ合格。大学生活をスタートさせた。当時の目標は「4年後に東京Vへ帰ること」だった。

 そして4年目を迎えた今夏、進路を決断する7月某日の前日。宮地が会ったのは冨樫氏だった。「お世話になった人だし、冨樫さんがいなかったら今の自分はない。練習参加もさせてもらっていたし、決める前に一度お話したいと思っていたので。最後の最後でなかなか決めきれない。自分のなかで優先順位はできていましたけど、でも最後に冨樫さんと会ってから決めようと思っていました」。

 当初はクラブハウスへ行くことを考えていたが、なかなかタイミングが合わず。食事をすることになった。冨樫氏と始めて会ったとき、12歳のあどけなさ残る少年だった宮地だが、あれから10年が経ち、精悍な顔つきとなった22歳の青年に成長していた。

 冨樫氏からは「まずヴェルディというクラブの人間として、ユース出身者だし、戻ってきて欲しいという思いがある。それと監督としては、ユースの出身者とか関係なく、一人の選手として戻ってきて欲しいし、そういう風に評価しているよ」と言葉をかけられた。

「でもどこに行っても自分次第だし、サッカー界は狭いし、またどこかで一緒にサッカーをすることはあるかもしれないし、こういう縁は大切だよね」

 水面下で宮地と東京Vはやり取りしており、宮地の元へ他クラブからオファーがきていること、東京V以外のクラブを選択する可能性が高いことを東京Vサイドは認識していた。それ故、正式オファーは出していなかった。その後に、東京Vが宮地へ正式オファーを提示する動きをみせたが、既に他クラブへの返答期限も迫っていたために立ち消えに。そして名古屋入りを決めた。

「もちろんヴェルディ愛は常にあるし、本当にお世話になった気持ちもあります。でも自分は大学に入って、新しい環境で色々な人に出会う中で、人としてもサッカー選手としても成長できたと思う。新たな環境でやっていくことで成長できると大学で強く感じたことが、名古屋を選んだ理由につながると思います。それに大卒選手は若くないので。だからこそ上のレベルでサッカー選手としてチャレンジしたい気持ちがありました」

 現在はJ1とJ2とカテゴリーが違うが、天皇杯などで古巣・東京Vと戦う可能性もある。「そのとき自分は名古屋の選手なので。そこは活躍することで、ヴェルディの人はどう思うか分からないですけど、成長した姿や活躍する姿をみせることが今自分ができる最低限の恩返しかなと思います」と表情を引き締めた。

 2016年8月、特別指定選手として名古屋でプレーする日々が始まる。「自分が入って、チームを変えて、勝たせるくらいに。特別指定とはいえど、来季名古屋に入るわけで、既にチームの一員なので。“勝ちたい”という気持ちは変わらないので、そこは傲慢にならずに、いい意味で遠慮することなく、がんがんやっていきたいです」。

 一人のサッカー選手として、Jの舞台へ臨むにあたっては「当たり前のことですけど、当たり前のことを当たり前にやる。サッカーに取り組む姿勢や情熱というもので、自分は大学に入って違いを出してきたと思うので。誰よりも声を出すとか、誰よりも身体を張るとか、そういうところですかね」とアピールポイントを口にした。

「やっぱり名古屋で中心選手になって、絶対的な存在になるのが第一ですね。あとはサッカー選手なので、大学で一度だけですけど、全日本大学選抜で日の丸を着けてプレーしたのは、すごく自分のなかで感動したし、誇りに思ったので。日本代表入りを目指してやっていきたいです」

 “新天地”で挑戦することを選んだ宮地。古巣や恩師への感謝を胸に携え、自らの足でまた新たな道を切り拓いていく。

(取材・文 片岡涼)

[柏]中村航輔の“代役”ではない。磐田戦でのPKストップを振り返る桐畑和繁

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 7月30日のJ1・2nd第6節・磐田戦で19分に訪れたPKのピンチを防いだGK桐畑和繁。
「キリ(桐畑)らしい止め方というか、ピンポイントで止めるところは彼の持ち味」と下平監督も絶賛したシーンをあらためて本人に振り返ってもらうと、「(キッカーの)ジェイがGKを見て蹴るタイプではなかったし、情報も入っていた。前日の練習でも良い感触があった。ジェイもたぶん蹴るほうを決めていたと思うので、自分から先にアクションを起こさないで、相手に飛ぶ方向を悟られないように、どのタイミングで飛ぼうかということだけを考えていた」と、あの場面での駆け引きを明かしてくれた。
 奇しくも次節は、前回対戦でセットプレーから3失点を喫し、「良い思い出がない」と語る横浜FMが相手。リオ五輪代表に選ばれたGK中村航輔の“代役”としてではなく、彼らしいプレーでチームの3連勝に大きく貢献している背番号1の活躍にこれからも期待したい。

[総体]市船の素材系GK北畠、「一気ではなくても」アピール続けて正守護神の座を

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[総体]市船の素材系GK北畠、「一気ではなくても」アピール続けて正守護神の座を
[8.2 全国高校総体決勝 市立船橋高 1-0 流通経済大柏高 Eスタ]

 3年ぶり9回目の全国高校総体優勝を果たした市立船橋高の登録メンバー17名の中、サブGKの北畠新輝(3年)は唯一出場機会がなかった。

 だが、GKというひとつのポジションを争う者として、彼が持っていたのは出場できなくてもチームを支えるという心構え。「優勝できてとても嬉しく思っているし、サブとして出ない代わりにチームの手伝いとかに気を回して、(正守護神である井岡が)ケガとかした時のために準備してやってきたので、ちょっとでもサポートで優勝に貢献できたと思います」と胸を張った。

 今大会の全6試合で先発フル出場したGK井岡海都(3年)の陰に現時点では隠れているものの、登録192cmの長身と高い身体能力を持つ北畠の素材感は十分。大学関係者からも注目されているという。本人はまだチーム内で勝ち取ることのできていない信頼を得るための日々。今月下旬に再開するプレミアリーグEASTなどトップチームの公式戦で出場機会を獲得することを目指す。

 まずは練習、私生活の部分から。「一気ではなくても、少しずつ違いを見せて今後のプレミアとか選手権でピッチに立って活躍できたらと思っています」。この日は井岡と優勝を讃え合った北畠。だが、ロッカールームに戻った時から、新たな競争はスタートしている。

[写真]優勝を喜ぶ北畠(右)と井岡(写真協力=高校サッカー年鑑)

(取材・文 吉田太郎)
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